自信が持てない日、自分を嫌いになりそうな日——静かに戻る“本来のあなた”へ。

自信が持てない日、自分を嫌いになりそうな日——静かに戻る“本来のあなた”へ。

自信が持てない、自分が嫌い何か失敗したわけでもない。
誰かに強く否定されたわけでもない。

それなのに、ふとした瞬間に——
「自分ってダメだな」
「どうして自信が持てないんだろう」
そんな思いが胸に浮かぶことはありませんか。

自信が持てない自分が嫌になって、
さらに自分を責めてしまう。

しかし、世界の多くの思想家たちは、
この状態を「失敗」や「欠陥」だとは考えていませんでした。

「自信がない=弱い」という考えは、どこから来たのか

たとえば仏教では、
人が苦しむ原因を 「自分を固定的な存在だと思い込むこと」 にあると説きます。

法句経(ダンマパダ)』には、こんな言葉があります。

心がすべてをつくる。
心によって世界は形づくられる。

つまり、
「自信がある/ない」という状態も、
本質ではなく、一時的な心の現れ にすぎない、という考え方です。

自信が持てない自分を嫌うのは、
流れ続ける川の一瞬だけを見て
「この川はもうだめだ」と決めつけるようなものなのかもしれません。

ソクラテスは「迷う人」を最も誠実だと考えた

ソクラテス、迷う人が最も誠実

古代ギリシャの哲学者 ソクラテス は、
「自分は何も知らない」という態度を、生涯手放しませんでした。

無知の知

これは、
自分が分からない存在であることを知っている人こそ、真に賢い
という意味です。

自信が持てない日。
自分を疑ってしまう日。

それは、
あなたが軽率に生きていない証拠であり、
世界や人間を真剣に見つめている姿勢 でもあります。

ストア哲学が教える「揺らぐ心との付き合い方」

ローマ時代のストア派哲学者 マルクス・アウレリウス は、
自省録』の中でこう記しています。

外の出来事があなたを苦しめているのではない。
それについての判断が、あなたを苦しめているのだ。

自信を失ったように感じるとき、
実際に起きている出来事よりも、
自分自身に向けた厳しい評価 が心を重くしていることが多い。

「在り方」に戻るという、古くて新しい知恵

柔よく剛を制す

老子は『道徳経』でこう語りました。

柔よく剛を制す

自信が持てない日とは、
無理に前に進む日ではなく、
在り方を整え直すための日 なのかもしれません。

自信が持てないあなたへ

それはあなたが壊れているサインではありません。
自分の在り方を見失いたくないという誠実さ の表れです。

静かに、力強く在るために。

Being Journal は、
あなたがあなた自身へ戻る時間を、これからも綴っていきます。

もしこの記事が、あなたの在り方を考えるきっかけになったなら、ぜひあなたの“こう在りたい” をレビューやコメントで教えてください。あなたの言葉は、次に迷う誰かの静かな灯りになります。

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